喧嘩が起こるメカニズム!喧嘩を回避するセルフコントロール術!


先日のフライトにて、サービスを終えて一息ついていた時、キャビンから女性の声が響きました。何事かと思い急行すると、外国籍の女性のお客様同士が激しい言い合いになってしまっていたのでした。35列目のB席と、後ろの36列目のB席に座っている女性同士が、すごい形相で大声で叫びあっています。女性同士のガチ喧嘩というのは恐ろしいもので「怖っ!」という気持ちを堪えて仲裁へ。

話を聞こうにも、お互いにヒートアップしてしまっており私と目も合わせてくれません。こうなる前に事態を察知できなかった私の観察力不足も要因ですね。まだまだ修行が足りません。

なんとか事情を聞くと、どうやら座席のリクライニングがきっかけの騒動だったようです。やがてお互いムッとした状態のまま自然に状況は収まっていきましたが、周囲のお客様は驚かれたことと思います。

喧嘩が起こるメカニズム

「喧嘩ってどうして起きるの?」

こんなことを小さな子供に質問されたら、皆様はなんと答えますか?おそらく色々な答えがあることと思います(^^)人間関係の中で、喧嘩は起きてしまう原因は本当に様々だと思いますが、中でも【相手が、こちらが気に入らない行動をした】という要因が多いように感じます。

・断りもなくリクライニングを倒してきた
・育児をやってくれない。
・成果を認めてくれない。
・批判、否定ばかりしてくる。

相手が、自分が求めている事と、全く違う行動をし続けた。
これは人が真っ先に「怒り」を感じる状況でもあります。詳しくはこの記事に書いてあります。

 

上記のように喧嘩に発展してしまう理由は様々でしょう。しかし喧嘩をし合っている2人は、大概の場合、ある共通の「考え方」を持っています。それは、

私は正しい。相手は間違っている。

という考え方です。

喧嘩をしている2人というのは、「私が正しい~!」「お前は間違っている~!」と叫びながら、取っ組み合いをしているような状態です。そこで生まれるのは、疲弊、勝者と敗者、短期的な優越感、そして長く続く長期的な不満などです。「なんで喧嘩をしたの?」と聞くと、多くの方がお互いにこう言います。

「相手が私を怒らせたから」
「相手が悪い。私は悪くない」

しかし以前の記事でも書きましたが「感情」はコントロールしづらいものですが、「行為(体の動かし方)」「思考(頭の使い方)」は常に自分のコントロール下にあります。「喧嘩をする」という「行為」は、自分が自ら選択した行動です。喧嘩をするという「行為」を選択することで、自分の中にある満たされない欲求を少しでも満たそうとしたのです。その時の自分なりの「最善」の行為だったのです。

ただ、その最善の行為が自分の幸せにつながっているかどうかは別問題です。喧嘩をしたあとに得られる、憂鬱さ、惨めさ、疲労感、歪んだ人間関係などは、本当に自分が求めていることでしょうか?

人間ですから、相手の理不尽な行動にムカーッ!っとなってしまうこともあります。「喧嘩して相手をギャフンと言わせたい!」という衝動が湧くこともあるでしょう。しかし、喧嘩をすることによって本当に自分が求めているものが実現するのか?こんな時、私が心がけているのは、下記の質問を自分に投げかけることです。

今、自分が本当に求めているものはなにか?
それは、いま相手と喧嘩をするという行動をすることで、本当に得られるのか?
もし得られないのなら、いま自分がするべき行動はなにか?

喧嘩をすることで、自分は本当に幸せになれるのか?自分に問いかけます。

そして、この答えにNOが出た時、
「喧嘩に付き合わない」「相手と同じリングにあがらない」などの新たな「行為」を選択することもできるようになると思います。「最善」の質が変わるのですね。

喧嘩を降りる=喧嘩に負ける?

「それでは相手に負けたことになる!」「相手にいい気にさせてしまう!」という方もいるでしょう。特に社内や家庭内での喧嘩の場合、その原因には人間関係の根深い問題がある事があると思いますし、人には「競争に勝ちたい」という本能的な欲求があります。ただ1つ確かなことは、感情的な喧嘩をしている時に人間関係がより良くなることはありません。喧嘩をすることで互いの本音を知ることが結果的として関係性の改善につながることはあるでしょうが、互いの本音を理解しあうなら、なにも「喧嘩」という手段で行う必要はありませんよね。

そもそも、相手に「勝っている」「負けている」というのは誰が決めているのでしょうか?「自分自身の価値観」「自分の解釈」で自分で勝手に、そう決めているはずです。それならば「喧嘩をしない=喧嘩に負ける」というのも自分の解釈です。解釈というのは自由に選択できます。「自分の目標達成のために、喧嘩に乗らなかった俺、ナイス!」「これは俺の勝利だ!」と捉えることだってできるはずです。

「喧嘩」という行為はコミュニケーションの手段の1つにすぎません。喧嘩という行為を最善の選択としている人は、それしか方法を知らないからです。相手とより良い関係になるためには、感情的な喧嘩よりも効果的な行動の選択肢がたくさんあります。上記の質問を自分に問いかけ続けることで、その答えがきっと浮かんでくるはずです。

まとめ

喧嘩をするというのは、相手のせいではなく、自分の選択!
喧嘩をすることで、自分が求めているものが実現できるのか自問する!
そして自分が選択するべき、より良い行動を考える!
喧嘩という手段以外で、相手と最高の関係を築ける最良の方法を考え、実践する!

これが、これが喧嘩を減らすために大切な姿勢だと思います!

<今日のベイビー・ステップ>

喧嘩をすることで、自分が本当に求めている物が手に入るのか考える



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